筆者:和田大樹
国際政治学者 専門分野は国際政治、安全保障論、国際テロリズム論、地政学リスクなど。共著に『2021年 パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』(創成社、2021年)、『「技術」が変える戦争と平和』(芙蓉書房出版、2018年)など。詳しいプロフィールはこちら https://researchmap.jp/daiju0415
2月24日、ロシアがウクライナへ侵攻することを誰が予想していただろうか。少なくとも筆者周辺の軍事安全保障、東欧ロシア専門家たちは当初侵攻しないだろうと指摘していたように覚えている。しかし、ロシア軍がウクライナ国境に集中的に配置されるようになってから、プーチン大統領の脅しは単なるハッタリではないと意識するようになった人々も増えたことだろう。国際政治上、ウクライナ侵攻は安全保障上の伝統的脅威が依然として現実問題として残っていることを我々に突き付けた。
ウクライナ侵攻によって当然ながら日露関係も悪化することになったが、ロシア軍は今年も極東地域でも軍事的に日本をけん制した。たとえば、9月1日から7日にかけ、ロシア軍は中国軍とともに日本海やオホーツク海など極東海域で大規模な軍事演習「ボストーク2022」を行った。両軍は日本海で機関銃の射撃演習のほか、海上通信・海上経済活動エリアの防衛や沿岸地域の地上部隊の行動に協力する演習を行った。近年でも、中露の戦略爆撃機計6機が日本海と東シナ海の上空を共に飛行し、航空自衛隊と韓国軍の戦闘機がそれぞれ緊急発信する事態や、両軍が津軽海峡から太平洋へ抜け、千葉県犬吠埼、伊豆諸島、高知県足摺岬沖と南下し、九州南部の大隅海峡を航行する姿も発見された。
日本では中露が共闘して日本の安全保障を脅かしているとする論評が少なくない。確かに中露両国とも対米けん制を行う上で互いを戦略的共闘パートナーと位置付けており、その範囲では共同軍事演習など一定の協力をすることだろう。しかし、中露とも日米同盟のように明確な軍事同盟を締結しようとは思っていない。仮に中露が相互防衛を基本とする安全保障条約を締結すれば、今であれば中国はウクライナ戦争で一定の支援・協力を余儀なくされる可能性があり、台湾有事となればロシアは関与する必要性に迫られる。中国はウクライナを、ロシアは台湾をそれぞれの勢力圏に位置付けておらず、なるべく軍事的負担は避けたいのが本音だ。ウクライナ戦争でロシアの劣勢が進む中、秋以降、習氏はロシアによる核使用に反対の立場をバイデン大統領やドイツのシュルツ首相に伝え、ウクライナ戦争を巡ってはロシアと距離を置く姿勢を鮮明にしている。また、中央アジアを自らの勢力圏に位置付けるプーチン大統領は、近年中国が一帯一路に基づいて中央アジアで影響力を高めていることを良く思っていない。そういう政治的事情を考慮すれば、中露による日本周辺での軍事的威嚇は限定的なものであり、過度に脅威をあおることにも問題があるように考える。中国にとって、日本海、特にそれより以北の海域は中国の核心的利益からは程遠い。さらに、今日ロシア軍は軍事技術的にもマンパワー的にも披露し続けており、極東での影響力にも限界がある。
よって、日本が最も警戒しなければならないのは南方だ。周知のとおり、台湾情勢を巡っては今年緊張が走った。近年、中国による台湾への経済制裁やサイバー攻撃、軍事演習などが続くなか、8月はじめにペロシ米下院議長が台湾を訪問したが、それによって中国による軍事的威嚇はこれまでにない規模になった。反発した中国は台湾を取り囲むような軍事演習を行うだけでなく、中国本土から台湾周辺に向けミサイルを発射し、日本の排他的経済水域内に着弾するミサイルもあった。また、台湾離島には正体不明のドローンの飛来が相次ぎ、中国軍機による中台中間線越えが激増した。
習政権3期目はこれまで以上に台湾問題を重視してくるだろう。今日の台湾問題は単なる地域問題ではない。台湾の蔡英文政権は米国を始め多くの欧米諸国と結束を強化することで中国をけん制し、バイデン政権は中国を唯一の競争相手とし、台湾を民主主義と権威主義の戦いの最前線に位置付ける。仮に、中国が台湾をコントロール化におけば、中国は台湾を軍事的最前線とし、西太平洋での米中の軍事競争はいっそう激しくなる。米国にとってもインド太平洋地域で影響力を保てるかどうかの競争であり、台湾問題はグローバルな問題に変化している。
台湾有事は日本有事とよく言われるが、それは間違いない。仮に米軍が台湾防衛に関与することになれば、中国軍が沖縄本島の米軍基地を無力化する蓋然性は極めた高く、それは直日本の主権が侵害されることに繋がる。そうなれば日中関係の悪化は避けられず、台湾だけでなく中国に進出する日本企業、邦人の安全保護といったイシューも含め真剣に検討することになる。我々は、台湾問題によって日本の安全保障や経済が不安定化するという潜在的リスクを現実問題として意識する必要があり、おそらくこの問題は来年いっそう緊張が走る恐れがある。