今年の台湾情勢の行方

筆者:和田大樹
国際政治学者 専門分野は国際政治、安全保障論、国際テロリズム論、地政学リスクなど。共著に『2021年 パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』(創成社、2021年)、『「技術」が変える戦争と平和』(芙蓉書房出版、2018年)など。詳しいプロフィールはこちら https://researchmap.jp/daiju0415

 2023年がスタートしたが、今年も台湾情勢からは目が離せない状況が続いている。台湾政府は昨年末、2024年から兵役義務を現行の4か月から1年に延長することを発表した*1。兵役期間延長論については昨年来大きな議論となってきたが、台湾市民の間では肯定的な見方が広がっていた。有事発生リスクについては未だ様々な議論があるが、台湾市民の間では防空壕発見アプリが普及し、有事を想定した避難訓練などに参加する動きが顕著になっている*2。
 近年、中国は様々な手段を用いて台湾へ攻撃を仕掛けている。その1つは経済面で、中国は台湾産のビールやサンマ、パイナップルや柑橘類、高級魚ハタなどの輸入を一方的に停止するなど、台湾を経済的に疲弊させる手段を取っている(しかし、台湾は第3国への輸出を強化しており、効果は薄いようだが)。また、昨年8月はじめ、米国ナンバー3とも言われるペロシ下院議長が台湾を訪問したことで、中国は軍による台湾を取り囲むような軍事演習を実施し、台湾周辺に向けてのミサイル発射(一部は日本の排他的経済水域に落下)、中国軍機による中台中間線越え、台湾離島へのドローン飛来などもみられ、これまでにない規模の軍事的威嚇を示した。さらには、サイバー攻撃や偽情報の流布など攻撃手段は極めて多様になっている。
 その影響もあり、今日、関係当事者間の関係は極めて冷え込んでいる。バイデン政権は台湾への防衛支援強化を進めており、蔡英文政権は米国を中心に欧米諸国との政治的結束を強化しており、そこには集団安全保障的な絆で中国に対抗しようとする意思が赤裸々に見える。一方、中国はそれに対して強く反発し、上述のように多様な手段で台湾を攻撃し、今では蔡氏と習氏が対面で話し合うことすら難しくなっている。バイデン政権にとっても台湾は単なる地域問題ではなく、太平洋における中国覇権を抑える最前線になっており、むしろ台湾は米国の国家安全保障問題になりつつある。米国、台湾、中国という当事者がそれぞれ妥協しないという状況が整いつつあり、それだけ軍事的緊張が高まっていると言えよう。
 このような状況の中、台湾情勢は今年どうなるのか。軍事的緊張の長期化の中での偶発的衝突により、台湾有事が勃発してしまうのか。これについては異なる様々な見解があるが、筆者はその可能性は極めて低いと考える。偶発的衝突という展開を抜き考えれば、台湾にとって今年は来年1月の総統選挙を見据えた政治イヤーとなる。習氏と犬猿の仲となった蔡氏は現在2期目であり、総統選挙に出ることはない。よって、新たな指導者が選ばれるわけだが、要は蔡氏の政策理念や方向性を共有する後継者が勝利するのか、もしくは中国への理解を示す指導者が選出されるのかが最大のポイントになるのだ。
 習氏にとっても台湾侵攻は極めて重い決断であり、今年は台湾の政局を注視するのではないだろうか。だが、ここにもリスクがないわけではない。今後、次期総統を巡る選挙戦が加熱するなか、仮に反蔡英文の候補者が選挙戦で有利になっていけば中国による威嚇のトーンも下がっていくだろうが、蔡英文の後継者がリードしていくようになれば、中国による威嚇のトーンは間違いなく上がっていく。そして、後継者への支持が台湾市民の間で優勢になっていけばいくほど、中国による軍事オプションへの比重が高まっていくことだろう。習氏は秋の党大会でも台湾独立を完全に抑え込み、そのためには武力行使も辞さない構えを強調しており、それを見据える上でも総統選挙を巡る動向は大きなトリガーとなる

*1 https://jp.reuters.com/article/taiwan-defence-idJPKBN2TB04H
*2 https://www.asahi.com/articles/ASPBC5DYXPB9UHBI01J.html

購読する
通知する
guest

CAPTCHA


0 コメントリスト
インラインフィードバック
コメントをすべて表示