ウクライナ戦争から1年 戦略的国境と人工的国境から考える

筆者:和田大樹
国際政治学者 専門分野は国際政治、安全保障論、国際テロリズム論、地政学リスクなど。共著に『2021年 パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』(創成社、2021年)、『「技術」が変える戦争と平和』(芙蓉書房出版、2018年)など。詳しいプロフィールはこちら https://researchmap.jp/daiju0415

2022年3月の国連総会におけるロシア非難決議の採択結果。緑:賛成 赤:反対 黄:棄権 青:欠席等

 ロシアがウクライナへ軍事侵攻してから2月24日で1年を迎える。ちょうど1年前、侵攻することはないとの見方が専門家の間でも強かった。筆者もその1人で、侵攻すれば欧米からの経済制裁は免れないどころか、国際社会でのイメージ悪化も避けられず、その危険性を冒してまで侵攻しないだろうと思っていた。しかし、筆者の見方は見事に裏切られ、プーチン大統領は軍事侵攻という最大のご法度に踏み込んだ。
 侵攻直後から、米国を主導に欧米諸国は一斉にロシアへの制裁措置を発動し、ウクライナへの軍事支援を強化するようになった。プーチン大統領は当初、首都キーウを軍事的に掌握し、ゼレンスキー政権を崩壊に追いやり、親ロシア的な傀儡政権を樹立することを想定していただろうが、ウクライナ軍の能力と欧米の軍事支援を甘く見積もり、ロシア軍の劣勢はすぐに顕著になった。昨年秋、プーチン大統領が軍隊経験者などの予備兵を招集するため部分的動員令を発令し、ドネツクとルハンシク、サボリージャとヘルソンの東部南部4州のロシアへの一方的に併合を宣言したことは、プーチン大統領の焦りを象徴するものと言えよう。そして、ウクライナ国防省は、今年3月の春あたりに大規模な攻勢を仕掛ける可能性を示唆した*1。米国の主力戦車MIエイブラムス、ドイツのレオパルト2、英国のチャレンジャー2など欧米からウクライナへ供与される最新鋭戦車は300を超えるとされ、今後戦闘が再び激化することが懸念される。
 侵攻から1年が経つが、ここでポイントになるのが戦略的国境という考え方だ。地球儀を回せば分かるように、世界は国境で区切られているが、それは全て歴史の中で人によって敷かれた人工的国境である。当然ながら、人工的国境に基づいてそれぞれの国家は防衛や安全保障を強化し、繁栄のため経済を重視してきた。昨年2月以降、ロシアが非難されているのはこの人工的国境を侵したからである。昨年3月、国連総会ではロシア非難決議が141カ国の賛成で採択された*2。しかし、ロシアとベラルーシ、エリトリアと北朝鮮、シリアが反対に回り、中国やインドなど35カ国が棄権し、世界の複雑さも浮き彫りとなった。また、賛成に回った国々の中にもグローバルサウスを中心にロシア制裁に加わっていない国も多く、そういった国はロシアとの経済的な繋がりは維持しようとしている。ロシア侵攻に対する各国の受け止め方は千差万別だ。
 一方、ウクライナ侵攻は我々に「国境というものは人工的国境のみではない」ことを痛感させた。昨年、なぜプーチン大統領がウクライナ侵攻を決断したか、その真意は本人に聞いてみたいと分からない部分もある。しかし、プーチン大統領は長年、旧ソ連圏を自らの勢力圏と位置づけ、その範囲における影響力を確保しようとしてきた。よって、東方拡大を続けるNATOの存在(バルト三国もNATOに加盟)にプーチン大統領は年々不満や苛立ちを強め、ウクライナの西側接近が1つの沸点だったことは間違いない。侵攻後、プーチン大統領はロシア人とウクライナ人は同じ民族だと発言するように 、プーチン大統領の脳裏には人工的国境と同時に、ロシアの勢力圏を維持するという戦略的国境という考えがある。この戦略的国境と人工的国境の衝突が、今回ウクライナ侵攻という形で現れたと言える。2014年のクリミア侵攻、2008年の南オセチア紛争も同様である。
 一方、近年緊張が高まる台湾情勢は、戦略的国境と人工的国境の衝突という考えでは説明できない。なぜならば、中国にとって台湾は内政問題であり、そもそも戦略的国境や人工的国境という概念は存在しないのである。今後の台湾情勢の行方は分からない。しかし、戦略的国境という文脈で今後の習政権の政策、行動を見ていくことは危機管理的に重要となろう。

*1 https://www.sankei.com/article/20230105-POWDVJR65FO7DLUP6LPLVLLQGY/
*2 https://www.businessinsider.jp/post-251249https://www.businessinsider.jp/post-251249

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