あまつかぜ(護衛艦、DDG-163)

「あまつかぜ」は、海上自衛隊の護衛艦です。しかし、「あまつかぜ」については、他の護衛艦に比べて別の特徴があります。それは、初めてミサイルを装備した護衛艦という点です。今では当たり前のように装備されているミサイルですが、海上自衛隊では1965年に竣工された「あまつかぜ」が初めて搭載しました。しかし、初めての搭載艦ということで、苦労も大きかったようです。


「あまつかぜ」とは

 「あまつかぜ」は、海上自衛隊のミサイル護衛艦(DDG)です。冒頭で紹介したように、日本初の艦対空ミサイルを装備したい艦艇です。第二次世界大戦後初めてとなる日本の長期軍備計画の第1次防衛力整備計画にもとづき、1隻だけが建造されました。
 1隻だけの建造となった理由は、後で詳述しますが、「あまつかぜ」は、海上自衛隊にとって初めてのミサイル装備艦というだけではなく、その後建造された海上自衛隊の護衛艦に対して、船体・機関設計でも多くの影響を残します。
 「あまつかぜ」という艦名は、古今和歌集に収録された僧正遍昭の短歌に由来します。過去にも「あまつかぜ」という名前を冠した艦隊はあり、旧海軍では磯風型駆逐艦「天津風」、陽炎型駆逐艦「天津風」に続いて、3代目となります。


「あまつかぜ」が建造されるまで

 「あまつかぜ」建造のきっかけとなったのは、艦対空ミサイルターター・システム供与の打診があったためです。1957年11月に来日中のアメリカ海軍作戦部長アーレイ・バーク大将が海上幕僚長長澤浩海将との会談の席上で、ターター・システムの供与を打診しました。
 ターターとは、ジェネラル・ダイナミクスが開発した中距離艦対空ミサイル(SAM)です。ミサイル駆逐艦に搭載できるようにコンパクトにまとめられたのが特徴です。海上自衛隊だけでなく、アメリカ以外の西側諸国でも導入が図られました。
 しかし、打診があった当時は、アメリカでターター・システムが制式化されてまもなく、搭載を予定しているチャールズ・F・アダムズ級ミサイル駆逐艦の建造がようやく軌道に乗り始めたという状況で、アメリカ海軍でもターターは配備前の状況でした。配備前のシステム供与を打診したのは、アメリカ海軍の海上自衛隊に対する信頼の証だったともされています。この打診を受け、海上自衛隊は、ターター・システム搭載艦に関する検討が開始されました。海上自衛隊にとっては初のシステムということで、1958年8月には調査団を派米します。海上幕僚監部がターター・システムに関する整備・調査を行い、ターター・システム搭載艦は昭和35年度計画艦として予算成立にこぎつけることになります。


初めてのミサイル装備艦であるがゆえの苦しみ

JS Amatsukaze (DDG-163)、jpg,Japan Maritime Self-Defense Force、CC BY 4.0

「あまつかぜ」建造では、様々な苦労がありました。まだアメリカ海軍でも制式化されてから間もないということと、日本の情報保全体制の不備から、設計は二転三転することになります。
 当初の計画では、あきづき型護衛艦をベースとし、基準排水量2,600トン級ということで基本設計が行われていました。しかし、アメリカでの調査によって、この船型では小さすぎるということが判明しました。その後、数回に渡って、設計変更が行われます。1962年夏になってようやく、基準排水量3,050トン、機関出力6万馬力の基本計画がまとめられ、同年度予算で、この大型化に伴う建造費増額への手当がなされました。起工は当初は1961年10月を予定していましたが、大幅に遅れて1962年11月となり、就役は1963年8月予定だったものが、1965年2月15日となりました。しかし、これでようやく海上自衛隊初のミサイル護衛艦が誕生します。


ハイスペックゆえに唯一の艦に

JS Amatsukaze (DDG-163).png、Japan Maritime Self-Defense Force、CC BY 4.0

 「あまつかぜ」は初のミサイル装備艦ですが、次にミサイルを装備艦となったのは、たちかぜ型護衛艦「たちかぜ」です。「たちかぜ」が就役するまでには11年を待たなくてはなりませんでした。その理由は、あまりにも建造費用が高額だったためです。
 「あまつかぜ」の建造費は約98億円でした。ちなみに「あまつかぜ」建造の直前まで建造されていた「あきづき」は約34億円、1962年に計画されたやまぐも型護衛艦「やまぐも」で約39億円です。
 「あまつかぜ」はターター・システム搭載というだけでなく、スペックも高い艦艇でした。ターター・システムの運用では電力使用が大きいため、機関の出力も大きくすることが求められました。そして、ターター・システムの電子機器の冷却のために海上自衛隊初の全艦空調方式が採用されます。
 一方で、ターター・システム以外の兵装については、ターター・システムが高額だったということもあり、見劣りすることになります。そのため、改装が数度にわたって計画されることになりました。これも海上自衛隊では異例のことです。
 「あまつかぜ」は結局1隻のみが建造されました。しかし、計画的に改装され続けたということもあり、1965年に就役し、その後30年間に渡り第一線で活躍しました。30年も第一線で活躍するというのは異例のことです。最終的に1995年に除籍され、若狭湾沖で対艦ミサイルの実験標的として海没処分となりました。しかし、部品が各地に残されており、左舷プロペラが横須賀教育隊、右舷プロペラが横須賀基地、また主錨が舞鶴基地にあります。海上自衛隊の一時代を築いた艦艇として、今もその名をとどめています。




主要参考文献
香田洋二「国産護衛艦建造の歩み」『世界の艦船』第827号、海人社、2015年12月。

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