バグラチオン作戦／ソ連軍作戦術の完成形

★ソ連軍の作戦計画

 バグラチオン作戦におけるソ連軍の計画は、北から第1バルト正面軍・第3白ロシア正面軍・第2白ロシア正面軍・第1白ロシア正面軍が並んで、中央軍集団の戦線を正面から突破するものでした。ソ連軍は白ロシアの首都ミンスクの西方で合流して中央軍集団を包囲・殲滅するとともに、白ロシア全土を奪還し、さらに一部はバルト海へ向けて進撃し、北方軍集団の包囲をも狙っていました。これに連動して、北のフィンランド軍への攻勢やウクライナ正面軍によるポーランド南部やルーマニアへの攻撃も予定されており、バグラチオン作戦はいくつもの作戦を組み合わせることによって1つの戦役(キャンペーン)を実現するソ連軍の軍事思想「作戦術」の完成形といえるものでした。

★バグラチオン作戦の開始

 ドイツ軍によるソ連侵攻「バルバロッサ作戦」が発動されてからちょうど3年後となる1944年6月22日未明、ソ連軍は過去に例のない猛烈な砲爆撃とともにバグラチオン作戦を発動し、ソ連の各正面軍は時間差による攻撃を開始しました。作戦発動の数日前からドイツ軍の後方ではパルチザンが一斉に蜂起を行っており、鉄道や道路、通信線などを破壊してドイツ軍を混乱に陥れていました。ドイツ軍は前線に迅速に予備兵力を投入することや情報の伝達が難しくなり、ドイツ参謀本部が事態を正確に認識したのは攻勢開始から3日後のことでした。歩兵部隊の浸透突破によりドイツ軍の戦線は寸断され、圧倒的なソ連軍によって飲み込まれていきました。

★機動性を欠いたドイツ軍の防衛作戦

 これに対して、ドイツ軍には有効な反撃の手立てがなく、事前に構築していた6本の陣地帯を頼みとするしかありませんでした。機動戦を行おうにも戦車の数も少なく、さらにヒトラーの命令により、ヴィテブスクヤボブルイスク・オルシャ・モギレフなどの重要都市が死守すべき「確保要域(要塞)」に指定されていたため、無闇に部隊を動かすことができず、陣地に籠って守りを固める以外に方法がなかったのです。確保要域に配置された部隊は撤退を許されず、要塞とは名ばかりの都市に立て篭もることを余儀なくされました。ソ連軍はこうした都市の占領に拘って大きな損害を出すことを恐れ、少数の部隊による包囲にとどめました。こうして確保要域は簡単に無力化されてしまい、配置された部隊もろとも無意味なものになってしまったのです。

★中央軍集団の崩壊

 戦線の突破に成功したソ連軍は、さらに戦車部隊や機械化部隊がドイツ軍後方へと迅速な進撃を行い、中央軍集団の包囲殲滅を狙いました。ドイツ軍も装甲擲弾兵師団「フェルト・ヘレン・ハレ」や第20装甲師団といった数少ない機械化部隊を送り込んで前線の火消しを図りますが、突破口が多すぎてとても手に負えるものではありません。6月28日、ヒトラーに確保要域からの部隊の撤退を進言したブッシュ元帥は罷免され、後任として「ヒトラーの火消し屋」と呼ばれ、ウクライナ軍集団の司令官でもあったヴァルター・モーデル元帥が中央軍集団の指揮官を兼務することとなります。
 しかし、ソ連軍は白ロシアの首都ミンスクへと迫っており、ミンスクの東では第4軍・第9軍の主力が包囲・殲滅されます。7月3日には第2新鋭戦車軍団がミンスク市街に突入しました。モーデルは増援を送り込んで戦線を安定させることに成功しますが、それも長くはもたず、7月12日、ソ連軍はバグラチオン作戦の第2段階を発動させました。これに連動してウクライナとバルト海方面でも「リヴォフ・ルブリン作戦」および「バルチック作戦」を実施してさらなる追い打ちをかけました。中央軍集団はバグラチオン作戦が開始された6月22日からミンスクが陥落した7月4日までの間に25師団30万人以上に上る兵力を喪失しており、さらにその後の1週間で10万人を失うことになります。ようやくソ連軍の攻勢が鈍り、補充と再編のために部隊を停止させたのは7月末のことでした。その頃には中央軍集団は崩壊状態で、軍団長・師団長の多くが戦死か自決、または捕虜となっており、もはや軍集団とは名ばかりの存在でした。
 短期間で前例にない戦死者を出した戦いとしてギネスブックに記録されるほどの激戦だったソ連軍のバグラチオン作戦は、こうして軍事史上においても他に例を見ない大成功をおさめました。複数の作戦を連動させて攻勢を行う作戦術を完成させたソ連軍は、ドイツ軍の侵攻に大損害を出していた3年前には考えられなかったほどの進化を遂げ、ヨーロッパにおける最強の陸軍へと変貌していたのです。